ちとせももとせ

広く浅くミーハー人間の備忘録。

自分を好きになること、あるいは、肯定すること―「君の名前で僕を呼んで」感想

君の名前で僕を呼んで」を見て来たので、その感想を。書きたいことを好き勝手書いたのでまとまってないしネタバレもしているので、未見の方はお気をつけください。


タイトルの「君の名前で僕を呼んで」。「Call me by your name.」これは主人公ふたりが初めて夜を過ごしたベッドの中でオリヴァー(大学院生)がエリオ(17歳の主人公)にする提案なのです。
とてもすてきなタイトルだなあって思いました。これ以外のタイトルはこの作品にはそぐわない。
映画を観た直後は恋人同士の戯れ、ふたりきりの秘密の合言葉としか思ってなかったのですが、一晩考えて、ああ、これって自分を大切にするためのひとつの方法なのかも、と。
『彼が口にする自分の名前』を自分でも口にすることで『だれかに大切に思われてる自分』を自覚できたら、自分のことも好きになれるし大切にしたくなるのかなって。
そう考えていたらすごい、じわじわとしたくるしさとせつなさが胸に迫ってくるんです。

劇中を通して描かれるエリオの恋に対する煩悶は、同性を好きになったからというより、そもそもひとを性欲込みで好きになったことに対する戸惑いのように私には思えます。
性欲を持つのは悪いことではない。けれど、付き合い方がわからないのだとおもう。
だからエリオはガールフレンドのマルシアと初体験を済ませるし、彼女を好きになろう、大切にしようと努力しているように見えました。
一方のオリヴァーのエリオに対するきもちは、根底に罪悪感やおそれを含んでいる。
性欲との付き合い方を知っているからこそ、エリオを突き放すような態度をとって、なんでもないふりをして……。
オリヴァーのほうがエリオに恋する自分を好きになりたかったんじゃないかな、エリオに惹かれている自分のことを肯定したかったんじゃないかなって。

大学院生のオリヴァーは根っからの同性愛者ではありません。
二年間なんとなく続いている恋人がいて、映画のラスト、ユダヤの祝祭日ハヌカーの日にエリオの家に電話をかけてきます。彼女と婚約することになると思う、と。
けれど一方で電話の向こうのエリオに、「きみとのことはなにひとつ忘れない」とも伝えるんです。
このときのセリフは「I remember everything.」なんですけど、字幕では「なにひとつ忘れない」なのが、翻訳担当の最高の仕事のひとつだと思います。

なにひとつ忘れない。
考古学、あるいは史学専攻のオリヴァーが言うそのことばって、 永遠にもひとしいものように私には感じられました。
ひとが過ごす一生の中で、ほんとうに跡形もなく、塵のように吹き飛んでしまうものってものすごくすくない。
エリオを好きになったこと、ひと夏を共に過ごしたこと、恋人同士として夜のイタリアの街を歩いたこと、キスをしたこと、いっしょに泳ぎに行ったこと、エリオの秘密の場所に連れて行ってもらったこと。
すべてオリヴァーの人生に在ったこととして、忘れないんです。きっと、同じようにエリオも。

オリヴァーが劇中後半、「エリオの父親はふたりのきもちに気づいている」というようなことを言います。「義理の息子のように扱ってくれたから」と。
インテリの両親を持つエリオは生まれた時から知識も教養も約束されていて、周りのひとからの愛情も理解もたっぷりあって。
だからこそ、このふたりの関係は憧憬として片づけられてもおかしくない。
事実、エリオのお父さんはあえて「素晴らしい友情」という言い方で、家に帰って来た息子とゆっくり、しずかなことばを交わします。
それまで直接的なことばはなく描かれていた映画だったので、この五分ほどの親子の対話は興ざめかな、と思わなくもないのですが、私はすごく好き。

子どもが大人になる。それは避けようのないこと。大人になるための痛みも、多少なりしかたのないこと。
エリオの両親ができるのは、その傷が化膿してしまわないように、最大限のケアを良識ある大人として施すことだけ。
どれだけ痛いか、つらいか、それは本人にしかわからないことだから。

エリオの両親は教養があり、裕福で、息子のことを愛している。だから、気づいていても黙って見守ることを選んだ。
理想的な両親、都合のいい両親と取られても仕方ないかもしれないけれど、そのふしぎさはエリオの父親の職業が考古学者、それもおそらくギリシャローマ時代の専門家であるということで和らげられているように感じます。
1000年以上前、ただ美が尊ばれていた時代の専門家だから、エリオとオリヴァーの関係にも一定の理解はあったのかなと。

長い長い夏が終わって、映画のラストは冬、ユダヤの祝祭ハヌカの季節。
あれだけ緑豊かだった北イタリアにも雪が降り、白と黒のコントラストがしんしんとスクリーンに映される。
エリオ、エリオ、エリオ。電話の向こうに何度も自分の名前を問いかけて、オリヴァーから返ってきたのはただひとこと、「オリヴァー」。そのいちどだけ。
17歳のエリオにとっては、きっと魂を抜かれるような恋だったのだろうな。

最後、暖炉の火を見つめるエリオの後ろではお母さんと家政婦のマファルダがテーブルを用意している。
「エリオ」お母さんの呼びかけで、エリオはすっと日常に戻る、エリオがエリオの名前を受容する。
ずっとオリヴァーを欲していた彼が、自分を確立する。エリオとして愛されている自分を肯定する。

ああ、いい映画を見たなあって思いました。